第62回:「困ったときにはナムアミダブツ」

私の友人である出版社の女性編集長が「齋藤さん、困ったときにはナムアミダブツしかないですよね」といわれたことが忘れられません。

禅宗では、なぜ座禅するのですか?という質問に「何にもならないから座るのだ」という答えが あるそうです。これをお念仏にたとえれば「何にもならないからナムアミダブツを称(とな)えるのだ」となります。確かにお念仏を称えても座禅を組んでも何 の問題の解決にはならないかも知れませんが、困っている自分をそのままに引き受けていくことができる、私はこれがナムアミダブツのご利益なのだと思いま す。

蓮如上人(れんにょしょうにん)は「この六字の名号(みょうごう)のうちには無上甚深(むじょうじんじん)の功徳利益(くどくりやく)の広大なること、さらにそのきわまりなきものなり」といわれています。

皆さまも困ったときには、ナムアミダブツを称えてみてください。いつでも、どこでも、だれでも称えられるナムアミダブツなのですから。

明順寺住職:齋藤明聖