第5回「歎異抄講座」開催

2026年2月14日(土) 新潟 久唱寺住職・橘出先生をお招きして明順寺第5回「歎異抄講座」を開催いたしました。

今回は、明順寺HPをご覧になって講座に申し込まれた方2名がいらっしゃいました。

いずれも真宗大谷派に何らかのご縁があって、学びたいとの思いで、明順寺HPにつながったようです。

ともに学べる場をもてることに喜びを感じます。

先生のレジュメを参考に掲載しておきます。

第2章 その2

1 前半…関東の門弟がはるばる上洛して、親鸞に対して疑問を尋ねようとしている場面。

後半…親鸞自身の信仰告白(法然とのいをとおしていただいた信心)

 

2 「命をかけてもたずねたいことは」(宮城 )

当時の交通事情からいえば、道路状況、追いぎに襲われる危険性、病気などの困難がたくさんあった。その中でも、命がけで聞きげたかったこととは何か?

「ひとえに往生極楽のみちをといきかんがためなり。」 (意訳)ただひとすじに、阿弥陀の浄土へ生まれる道を問い尋ねて、聞き開くためです。」

 

3 宗教とは、「」を説くもの。扇の要がわからないと、生きていても何かむなしい。

Q.そもそも「仏教」とは何か? 「仏教の救い」「浄土真宗の救い」とは?

A.①仏の教え ②仏に成る教え。私が目覚めた人(仏陀)に成る教え

①〈成道までの仏教〉修行や学問に励んで、この世での覚りをめざす仏教(自力聖道門)

②〈転法輪からの仏教〉聞くこと(聞法)一つで成立する仏教     (他力浄土門)  「我も人も共に救われていく本願の仏道」

釈尊の生涯(八相成道)→・・・・・・・

 

4 後世を祈る

山をでて、六角堂に百日こもらせいて、後世を祈らせ給いけるに、九十五日のあか月、聖徳太子のをむすびて、にあずからせ給いて候いければ(恵信尼消息(三)754頁)

後世→①、の世。

②死んだ後の問題ではなく、今、生きているこの人生の「一大事」という意味。

 

現世(げんぜ)を祈る→

この世の利益。現世利益。例えば、初詣などの「無病息災」「家内安全」「商売繁盛」などで表される私たちの幸福願望。

むねとすれども

現世(げんぜ)をいのる行者をば

これもとなづけてぞ

ときらわるる  (善導6)

 

5 再び〈ほんとうの仏教〉とは何か

親鸞にとって、比叡山の修学(9~29歳)は現世の利益の追求になっていた。

では、「ほんとうの仏教」とは何か?

人間が本当に救われるとは何か?

「浄土真宗が仏教であるならば、浄土真宗以外の仏教は仏教ではない。

浄土真宗以外の仏教が仏教であるならば、浄土真宗は仏教ではない。」(脇淵徹映)

→親鸞聖人の時代には、日本の仏教は「八宗」しかなかった。

現在は13宗56派ある。

すると、浄土真宗は数ある仏教教団の中の一つに過ぎないのか?

(宗旨と宗派名の違い)

九十五種の教えはすべてこの世を汚している。ただ一つ仏の教えだけが清く 静かである。(信巻・法事讃意訳 285頁)

九十五種世をけがす

唯仏一道きよくます

菩提に出到してのみぞ

火宅の利益は自然なる  (正像末11)

 

6 宗教は主観的事実

如来(にょらい)所以(しょい)興(こう)出世(しゅっせ) 唯説(ゆいせつ)弥陀(みだ)本願(ほんがん)海(かい)(お釈迦様がこの世にお出ましになられたのは、

ただ阿弥陀さまの本願を説くためでありました。)→親鸞聖人の領解

私にとって、〈ほんとうの仏教〉 →「親鸞におきては」

「宗教は主観的事実」である。(清澤満之)

 

7 「いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。」

→末法(まっぽう)という時代(五濁(ごじょく)の世、無仏の時)、凡夫(ぼんぶ)の救済

 

8 「弥陀の本願まことにおわしまさば」 釈尊→善導→法然→親鸞

五(ご)正行(しょうぎょう)→正定業(しょうじょうごう)(称名(しょうみょう)念仏(ねんぶつ)・・・順(じゅん)彼仏(ぴぶつ)願(がん)故(こ))

「なぜ念仏一つでたすかるのですか?それは阿弥陀さまの本願だからですよ。」     以上