第80回:「ジョブズ氏の死」

去る2011年10月5日、米アップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏の死去の報は、世界に大きな波紋と痛みを及ぼしています。氏の功績をしのぶ追悼の言葉が、世界各国の首脳や経済人から途切れることなく寄せられています。

氏は、若いころにインドを旅して仏教に触れ、1970年代にカリフォルニア州の禅センターに 通って、日本出身の禅僧、故乙川弘文師と交流を深めたといいいます。乙川師は、ジョブズ氏の結婚式を司り、1986年にジョブズ氏がアップルを解任されて 設立した「ネクスト」の宗教指導者にも任命されるなど、二人の交流は長年にわたって続きました。

ジョブズ氏の発言の中には、禅の思想が反映されていて、「過去33年間、私は毎朝、鏡の中の 自分に向って『もし今日が自分の人生最後の日だったら、今日やろうとしていることをやりたいと思うだろうか』と問いかけ、そして答えが『ノー』の日が続い たら、何かを変えなければいけないと思う。自分はいつか死ぬと思い続けることは、私が知る限り、何かを失うかもしれないという思考のわなに陥るのを防ぐ最 善の方法だ」と。

住職よりのメッセージでも、「今日死んだとしても大丈夫。その気持ちを育むことが大切です。 もしその準備ができていないなら、そのために今日何をしたらいいのか考えましょう」という、仏教に感応されたカール・サイモントン博士の言葉を紹介してい ますが、ジョブズ氏も同じ心境にあったのではないでしょうか。そして、彼の場合にはそれが革新的、創造的な商品開発のエネルギーになっていたのだと思われ ます。やはり健全な死生観をもつことが大切なことのように思われます。

明順寺住職:齋藤明聖