第60回:「亡くなった方は大地となる」

新潟県「雲洞庵」の敷石の下には『法華経』の文字が1文字1文字記してあり、その上を歩くとご利益にあずかれるという。しかし、経典といえば、お釈迦さまの説法を書き記したもの。敬って扱えばこそ、どうして敷石の下に。その上を歩くことによって経典を踏みつけてしまう…。

あとで知ったのですが、『華厳経』には、亡くなった方は「大地」となると書かれてあるそうです。その人が流された汗や涙や願いが、一つぶ、ひとつぶの砂となって大地となって、地底から私たちを支えてくれているというのです。

なるほど、経典を踏みつけてしまうと考えたのは、私が私を中心にしてみた自我の意識だったのですね。本当は、経典の1文字1文字に支えられて、私はお参りしてくることができたのです。

もっと言えば、多くの先人たちの流した汗や涙や願いに、私たちは足の裏から支えられて、いま生きているのです。とかく私たちは、自分が立っている、自分が歩いている、自分が生きていると考えますが、事実はそうではなかったのです。

あらためて自我のはからいの強いことに気づかせていただいた、これが「雲洞庵」の敷石の上を歩くご利益だったのだと思います。

明順寺住職:齋藤明聖